joyous soccer team - nara 2020
●なぜ?JST?
1998年
郡山FC卑弥呼として女子チームが発足。
郡山FCには少年と女子と社会人男子のチームがありました。
その社会人男子チームが『JST』でした。
2006年
女子サッカーの普及にともない、平日も活動したいという選手の声をきき、平日でも練習可能な環境へ変える為に、チーム名を元気サッカークラブ卑弥呼に改め、チーム母体を大和郡山市から王寺町へ移しました。
2010年
関西を主戦場に戦うチームとして活動を進める中『卑弥呼さんは何県のチームですか?』と九州地方や中国地方のチームの方によく聞かれる事があった為、チーム名を奈良元気サッカークラブ卑弥呼に改めました。
2016年
チーム名をNARA.GENKI.S.C.卑弥呼と改め、2019年まで活動しました。
「卑弥呼」という名前は、創部された初代監督が奈良県の女子チームという事で命名されたと聞いています。
この名前は現代表である私も含めOG達も大変気に入っておりました。
しかし、拠点としている王寺町、活動している三郷町や斑鳩町、上牧町、安堵町、河合町と言った地域には卑弥呼は歴史上のゆかりもないため、馴染みにくさがありました。
地域と共にさらなる向上をしていくため、いつかは卑弥呼という名前の入ったチーム名を変えなければと言うのは郡山FCを抜けた時に考えておりました。
社会人男子チームの郡山FC JSTも女子チームの卑弥呼が郡山FCを抜けた年に郡山FCを抜け、 JSTとして奈良県社会人リーグを戦っておりました。そこから練習頻度をあげて、関西リーグに参入し活躍するようになりましたが、数年前に「社会人のJSTが解散する!」という寂しいニュースをききました。
2020年
これまでのOGの事を考えると中々決断出来ずにいた チーム名から卑弥呼をなくすことを、東京オリンピックの開催される記念すべきこの年に決断しました。
卑弥呼を変えるなら、それに変わる熱い思い入れのある名前にしたかった。
そこでたどり着いたのが、JSTの復活でした。
カテゴリーは違いますが、卑弥呼のOG達とも毎週同じグランドで練習をしていたJST。卑弥呼のOG達にもなじみのあるJSTが解散して、卑弥呼の名前も消えたら本当に寂しいなと思い、JSTの復活を思い立ちました。
卑弥呼を立ち上げた初代監督がJSTも1986年に立ち上げていたので、すぐにお願いしました。
初代監督から僕と同じようにチームを任された2代目JST監督にも連絡をし、話しをしました。
どちらも快くJSTの復活を嬉しいと言ってくれました。
卑弥呼の魂をJSTに受け継ぎ2020年より地道に活動していきます。
応援よろしくお願いします。